東洋医学でも哲学的色彩に支配された五行理論で治療をしている方も修正していかなければならないときが来ます。五行理論は本当の人間の中を流れる経絡や氣の循環を正しく表現できていない頭で出来た理論だからです。
と、ありました。これは、先生の臨床経験から出た結論でしょうか。よろしければ、五行理論に欠けているものなどを、もう少し詳しくお教えください。現在五行理論を信じて治療なさっている先生方にとっても、重要なことと存じます。至極基本的なことで恐縮ですが、ご回答、よろしくお願いいたします。


(近藤)「五行理論には経絡の三焦経と心包経が配置されていません。存在している経絡を無視して全体の経絡を調整しようとする理論は成り立ちません。実際には十二経絡循環が身体を運行しています。厥陰心包経は上下の関係で少陰腎経と接続しています。表裏の関係では少陰腎経と接続しています。仮に心包経に虚証反応があるときは、表裏の関係で接続している三焦経と、上下の関係で接続している腎経を瀉す処置が最も有効な治療処置となります。この場合三焦経と腎経のどの経穴を取らなければならない等の補瀉の理論は的はずれとなっています。三焦経か腎経の経穴であれば著効となります。いがいと真実はシンプルなのです。また日本では脈診を信奉していらっしゃる諸先生方が多くいらっしゃいますが、手首の脈状で判断し、統一した見解を出せないのが現状です。東洋医学成長を遅くしている一因となっています。氣は全身に伝わって来るものです。氣を感じ取ることがこれからは必要なのです。百人が百人異なる見解を出すことが無くなります。この氣を感じ取ることは簡単に体得することが出来ます。相手の氣を動かせば受信しやすくなるのです。なんだこういう感覚なのかと簡単に会得出来るようになります。
20世紀迄は人の視点が常に外界にそそがれていました。ですが新しい時代は個々人が自己の中に変化している変化を感じ取ることを要求しています。その視点より何が正しくて何が間違っているかの審判が下されて行きます。誤魔化せない時代が来ているのです。みなさん一人一人が審判者となって行きます。五行理論における経絡理論は間違っています。

 

五行理論に心包と三焦がないとおっしゃいますが、それは違いますよ。三焦も心包も実態が無く見えない存在でも機能ですから当たり前です。


(近藤)「三焦経も心包経も存在しています。そして各経絡は部分的に吻合しているようですが、各経絡は電気的に一定の独立した支配領域を持っています。虚証領域に長く豪鍼を施すと、最初の内は氣の流れにおいて、そう変化は起きませんが次第に氣が上昇し混乱し出します。実証領域に豪鍼を施していると氣は下降し出します。そして頭の氣の混乱が雲をかき消すように静かになったとき、氣が至ったと言います。全身のエネルギー循環が整い治療を終えます。これらは十二経絡循環の虚実を完全肯定して行うと、そこには治療経過に法則性と再現性を認めることが出来ます。三焦経や心包経が仮説経絡として実在していての法則です。細胞や内蔵臓腑の営みに比例して氣(エネルギー)も循環しています。十二経絡の虚実が読みとれたら治療が終わったくらいの価値があります。
後はパズルを解くように簡単に処置が出来るようになります。そして人間が元より備え持つ治癒力を引き出す手伝いをすることが簡単に出来るようになるのです。あの先生は上手等と言う世界は必要ありません。誰もが同じ結果を出せる東洋医学を顕現しようとしているのです。そのためには間違っていると結論が出たら小出しに出していきます。反論を頂くのはもとより覚悟の上です。
色々な研究をされておられる内容に疑問符が投げかけられたら怒るのは当たり前です。まだまだ東洋医学は法律上では宗教レベルです。この壁を破ろうと考えています。」

21世紀は物質優先の時代が終わり、外界の現象に振り回されない心が優先する時代が始まろうとしています。そして全ての回答は自己の範疇にあります。全ての人が審判者たりえる能力を持ち合わせています。自己の中にある調和したがっている一なる力より患者さんの氣の流れを全身にて感じ取り見つめれば、小細工は必要在りません。誰でも簡単に氣の移動が感じ取ることが出来るようになります。十二経絡が臨床上存在していることが確認されている以上いつかは真実が解き明かされると思います。ですが私はいずれ自然淘汰されるだろう等と考えるのがきらいなたちなので申し訳御座いませんイラなのかも知れません。

 


十二経絡と五行理論になぜ疑問符を述べているかの根拠を、理論の理論ではなく、現実に起きている豪鍼などを施鍼したときの氣の移動の事実より一部説明してみたいと思います。とても重要な現実です。



(近藤)「東洋医学の鍼術の書には氣を整えることがほとんど全編を通して書かれています。当然生体の営みを反映している氣を調整するには、氣の流れを理解する必要があります。理解出来ないと整える対象が見えずに治療をすることに繋がります。古典にも氣の流れが読みとれない者は、せっかく整うものをかえって操作することで悪くしている者もいる等と記されています。つまり氣の流れを理解しなければならない事を戒めています。それ故、経絡や病態の変動を理解する手段として望診、聞診、問診、切診などで氣の流れや病状を理解しようとしたわけで、経験の医学として望診、聞診、問診等は非常に参考になる内容が多くあります。切診の脈診においても一種の神業的内容があるようで、友達にも長く脈診を行っている者がいて、比較的一致を見ることがありますが、なぜか最後には、はっきりとは断言しない傾向が見受けられます。当然その道に通じれば奥義を究める達人になるのでしょうが、今一これではと考えられるわけです。」

「実際に豪鍼を施した時の氣の移動の実体と経絡に虚実が存在した時の補瀉の手技による氣の変動の法則を述べることで、理論の説明のやりとりとしての対話を終わりたいと思います。五行理論の処置と比べて頂き吟味していただければ自ずと結論が出てきます。

1、十二経絡の中で実証経絡が存在し、その経絡に豪鍼を施鍼すると氣は頭より足へと必ず下降しだす。手の経絡であろうと、足の経絡であろうと同じ氣の移動が生じる。実証領域とは年齢相応を基準として、エネルギー過剰で細胞の営みが低下している領域で、それらが経絡に反映し氣の帯電を引き起こしやすい支配領域を言う。例えば脂肪肝が反映している経絡。

2、十二経絡の中で虚証領域が存在し、その経絡に豪鍼を施鍼すると氣は上昇し頭に溜まり出す。虚証領域とは細胞組織に損傷があり、エネルギーを必要として変化している状態が経絡に反映している支配領域を言う。例えば胃潰瘍。

3、氣が整うとは、簡単に言うと全身の氣が円滑に循環し出したことを言うが、頭に氣が帯電している状態では氣が整ったとは言わない。あたかも目次録第7章のように雲がはらわれてスッキリした状態になったときの氣の状態を言う。

4、特殊鍼法の皮内鍼は虚証経絡にしか有効とならない。真皮と表皮の間に鍼先があれば有効となる。但し身体の最大虚証領域に一本が有効で、複数置鍼すると効果が相殺する。皮内鍼の鍼尖は損傷電位が発生している虚証領域の電位を正常電位に矯正する働きをする。

5、症例で気管支喘息等は左三焦経に顕著な虚証反応を現す。その確認は皮膚電気抵抗器で井穴の抵抗値を測定すると抵抗が低い電気が流れやすい値として計測される。このような経絡には皮内鍼が著効となる。また豪鍼のみの処置では左三焦経の支配領域に表皮にかかる程度の豪鍼を置鍼しておくのも一時的に著効となる。経絡の調整は三焦経の虚証皮内鍼、表裏で接続している心包経、上下で接続している胆経、左右で対している右三焦経、対角では肝経の四経絡が左三焦経の影響をうけ実証を呈しているので豪鍼にて瀉す手技を必要としている。他の経絡に豪鍼を施鍼しても無意味である。

6、症例で右脳梗塞がある場合、右三焦経と右肝経と左心経と右脾経とに顕著なる実証反応が出ている。治療穴は右三焦経や右心経と接続している経絡の、さらに次の経絡に実証領域となる影響が発生している。これらの経絡を瀉す必要がある。他の経絡を瀉しても氣の流れは下降せず有効とはならない。

7、また各経絡の処置に於いて、虚実に見合った処置は一穴の豪鍼にて著効の影響が処置をした経絡に及ぶはずで複数の鍼の処置を必要としない。さらに虚証、実証の時に同一経絡内で実証の時に処置をする経穴。虚証の時に処置を行う経穴等と特定する必要は無く、同一経絡内であればどのポイントの処置でも氣の流れは同じ移動を呈すのが実際の氣の流れとなっている。

これらの症例には比較的多く接する機会があろうかと思われますが、上記十二経絡を完全肯定した臨床と、五行を元に臨床を行った場合を比べて頂ければ得心が得られると考えられます。これらは氣を感じ取り受信すれば誰でも同じ結論に達する現実なのです。


ストレス学説と東洋医学の関係は?(T・M)
メーリングリストへの質問に答える。

 (近藤)※セリエ博士のストレス学説と東洋医学の関連性について西洋かぶれの鍼灸師及び研究者は鍼刺激そのものが生体内に一定の変化を与えているので、鍼の効果の理論的よりどころとしてストレス学説にその根拠求めようとしています。だがこれらの見解は間違っています。
 現在の第一線級の専門家にしてもしかり、鍼を刺激療法と解釈しているし、定義にもそれらしき語句を並べ立てています。確かに皮膚を破壊する事により、脳内にエンドルフィンなるモルヒネ物質が生成されたり、また鍼灸を施す皮膚破壊により白血球の変化等により生体の防衛的生理学的変化が発生したりしますが、こうした象の足を見て象だとする見解は東洋医学の本質を忘れてしまった見解に他ならないと言えます。
 東洋医学の原点である黄帝内経「素門」「霊枢」には気を整えることが最初から最後まで記され「鍼術の要は気を整える事である」としています。
 「気」については面白い言葉が幾つもあります。かっとなり血迷うことを「逆上」すると言います。これは気(エネルギー)が頭に溜まり冷静な思考が出来なくなった状態を言います。またエネルギーの循環が正常でなく違った流れで異常な精神状態になると「気違い」と呼ばれたりします。治療に於いて、「先生急に体が楽になってきました」「それは気のせいですよ」。これ等は変な会話ですが、事実、気が移動してバランスが整った結果楽になったのです。一般的には「気のせい」とは「本当はそうでないが、そう思っただけ」等と否定の意味が加わったりしています。ここに上げた気という概念は心の動きというニュアンスで使用されていて、変化してやまない不安定要素として解釈されていますが、身体内の電気的性質を持ったエネルギーとしての「気」はいいかげんな存在ではなく物性物理学の法則に従い再現性と法則性を見出すことが出来る存在なのです。こうした分野は英知による基礎医学領域での研究を期待する次第です。
 生体内には神経、脈管、リンパのように経絡という一定の支配領域を持ったエネルギーの循環経路が存在しています。そのエネルギーは電気的性質を持っていて、組織や臓腑の営みに比例して変化している存在です。ですから組織が損傷すると損傷電位が経絡内の気に反映します。組織や臓腑の営みに経絡内の気が比例するなら、逆に気の存在を正常電位に誘導することで組織や臓腑に変化を与えようとする操作が東洋医学的理論なのです。気が動けば組織が変わるという理論となります。
 事実経絡上の独立したエネルギーは指先で計測出来、これらの経絡間の電位差が大きいほど痛みやその他もろもろの違和感が生体内に発生しています。臓腑の異常もある程度読みとることが可能となってきています。
痛み等はこの経絡間の電位差を是正すれば簡単に消えてしまいます。つまり痛みは経絡間に発生した電位差の緊張が神経を伝達し脳で痛いと知覚しているのです。
 セリエ学説では東洋医学を説明出来ません。鍼灸の専門家と自負する医者や東洋医学の先生方に言っておきましょう。鍼灸は刺激療法では無いことを。気は生体エネルギーであり、意識も電気信号に他なりません。21世紀の科学は物質を解剖することにより解明されるものではありません。物質の持つエネルギーの在り方と方向性を解明する中に存在しています。人類は今一度自然界の在り方や法則を見つめる必要に迫られています。なぜなら宇宙の法則から逸脱した概念は21世紀では必要とされないからです。



鍼は刺激療法では?
メーリングリストへの質問に答える。

 多分用語の定義の問題だと思うのですが、針を刺す行為が“気”の流れを制御することを目的としているのなら、制御のための情報入力という観点からは、一種の刺激と言えなくもないと思うのですが、東洋医学の本質と近藤さんがお考えの観点から、針を刺す行為というのは生体にとってどのような意義を持つのでしょうか?
刺激という語の定義と共に、もう少し説明していただけないでしょか?   
                         (M・Y)


 

(近藤)※「鍼も灸も気(電気的性質を持ったエネルギー)を操作する為に使用します。ですが多くの人は電気を操作していることを残念ながら解っていないみたいです。気は細胞や組織の営みに比例して存在しています。気温の変化により体温が低下すると細胞臓腑の機能も低下し同時に気の循環も低下します。気温の変化に比例して細胞組織が低下するのであれば問題ないのですが、身体内に実証としての疾病がある場合(脂肪肝等)、関係のある組織や経絡にその影響が反映し痛みが出て、さらなる組織の機能低下に繋がって行きます。そこでどの経絡に実証の反応が反映しているかを熱感で計測したり若しくは末梢の井穴の皮膚電気抵抗を計測して、気の動きを身体で受信(感じ取る)することである程度予測がたちます。灸においては熱感度が低い経絡上へ、鍼においては皮膚電気抵抗が高く電気が流れにくい経絡の支配領域へ処置を行います。これらは全て皮膚を焼いて、刺入破壊する刺激の情報入力です。実証領域の過剰な気を抜き取る目的をもっています。このように緊張があったり組織細胞の営みが緩慢となっている一定の支配領域に比例し過剰帯電している特定経絡中の気(電荷)を人為的に放電させたり、皮膚破壊により損傷電位を作り細胞の修復機能を活性化させ気の経絡循環を整え、組織細胞を正しい営に快復させようとする刺激による誘導方法もあります」 

 但し過剰な気を抜き取る方法と行い、単に組織破壊をして刺激を加える他に接触鍼なるものがあります。この鍼は皮膚の中に刺入しません。皮膚をこするだけです。その作用は体表や表皮と真皮の間等に過剰帯電しているエネルギーを放電させる為に使用します。何が操作の対象であるかを理解している人は少ないかも知れません。身体内の体表部分には気か溜まり放電したがっているエネルギーが存在しています(緊張状態)ので、その過剰なエネルギーを放電させるととてもリラックスします。小児鍼等もその一つですが、大人でも十分効果があります。そして全体の経絡循環を正常に戻します。
作用としては、電気は尖ったところに集まる特質を利用します。いわゆる避雷針と同じ効果をひきだすのです。その対象は気=電気となります。当然皮膚破壊の必要がありません。

 次に実証領域と異なり細胞組織が破壊し修復しようと活発に変化している場合は細胞組織と関連する経絡上に虚証反応が出ます。経絡測定では皮膚電気抵抗が低い、電気が流れやすい反応として計測されます。こうした値が出ると細胞組織が修復しようとしてエネルギーを活発に消費している支配領域でエネルギーが不足していると判断しなければなりません。この測定値にたいして自律神経が興奮していると判断してはいけません。経絡が自律神経であるとが判断するグループは興奮していると興奮を静めるためには強刺激が必要となりますが、これらの電気抵抗が低い反応が反映している経絡の支配領域への過剰な鍼の刺入刺激は生体の営みを整える目的としては逆効果を生じるので注意を要します。さらに損傷電位を作り疾病の改善が遅くり、大瀉すると病状が悪化します。
 当然古来より補う鍼法等がありますが?そのような方法より、これらの支配領域には故赤羽氏が考案した皮内鍼なる特殊鍼が効果的に作用してくれます。現在の使用され方はいい加減です。この皮内鍼も産声をあげたばかりで、考案者が使用した方法を追試する仕方で現在使用されています。身体に数本も固定置鍼したりしていますが、これらは気の循環より観察すると複数の置鍼は完全にマイナスです。身体には一本が原則です。なぜならこの鍼は身体に対し電極としての役割を持っているので、複数使用は電気的に緊張状態を発生させるからなのです。作用効果としては経絡の虚証領域の損傷電位を正常電位に変換するように作用し、虚証領域が電極により固定されると、接続経絡に帯電していた電気が自然と本来の状態に戻って行くように動き出します。そして組織の快復力が増します。損傷組織が正しく機能し出すと取り外します。この皮内鍼を機能が正常な人に置鍼すると数分もたたないくらいで電気的緊張が生体内に生じ違和感が発生しますので経絡の虚証領域以外には使用してはいけません。またこの皮内鍼は末期癌でモルヒネでも痛みが取れなくても虚証経絡がはっきりしていると死ぬ間際まで痛みをとることが可能なのです。簡単な症例を述べますと、胃の小湾部に潰瘍があった場合、腎経の左右どちらかに皮膚電気抵抗が低い値として計測されたりします。治療は抵抗が低い腎経の支配領域の通谷穴に皮内鍼(皮内円皮鍼)を施します。その施鍼した直下が病巣で、たちどころに痛みが消失し胃が暖かくなり、潰瘍が急速に修復され治癒していく経過を辿ります。電極として皮膚に接触させ使用した鍼による効果なのです。
もともと皮内と赤羽氏が定義しましたのであえて皮内鍼という言葉を使用していますが、効果に於いては表皮と真皮の間に鍼先があれば100%効果が出せます。皮内に鍼先が入ると効果が落ちます。皮膚に接触するだけの方がかえって効果があります。つまり操作する対象は電気(気)なのです。」

「私自身が最初そうであったように、一般的には気を操作し気の循環をよくする等と頭で解っていても、経絡の存在を無視、或いは解ろうとしない、いな気の流れを身体で感じ取ることが出来ないので皆目眼中になく施術を行っている。経絡を頭で練った理論で施術をしている。真面目でしょうが治療する上で判断する基準が解らない等が残念ながら大半を占めているのではないかと考えられます。専門家の方で法則性と再現性のある、一つ一つの治療がデーターとして蓄積される治療を希望される方は共に研究しませんか。」

「気が電気であること、経絡が一定の支配領域を持って存在していることが解ればそこには、自ずと新しい療法が生まれてきます。気は光によっても、低出力レーザーでも極端な話意識の電気信号でも動かすことが出来ます。その他電気を動かす方法であれば誘導することが可能です。そして経絡が一定の支配領域を持っていることが電気的に証明されたら法則性と再現性のある臨床例をみいだすことが出来ます。当然将来においては医師がこれらを享受しなければならない領域となって行かなければならないのです。」

経絡の実在根拠は

 ええと、ここは読んでいてちょっと驚いたのですが、経絡なる生体内ネットワークの実在は既に証明されていることなのでしょうか?
(先日、神田神保町の三省堂の東洋医学コーナーに、それらしき文献(すごく古い本で、著作名は失念してしまいました。スミマセン)を見つけた覚えはありますが、それを斜め読みした感じでは 、電気生理学的測定をなにやらやっていたようではあるものの、これをもって「経絡の実在」をいうにはちょっと拙速では?と思いました。で、僕はまだ眉唾なんですが) また、仮にそれが実在するものとして、その循環するエネルギーの流れの実体は何で、流れを生み出すトランスデューサーの実体(或いは実体として想定しているもの)は何なのでしょうか?(M・Y)


(近藤)※「東洋医学の研究家で経絡の存在を重要視して臨床を行っている方は現在では少数とのデーターがあります。また経絡の存在は臨床中を通して解ってくるもので、経絡上の法則性と再現性のある症例に出会って初めて解っても、証明方法が解らず一家相伝なる専門職的マスターベーションで終わってしまうのが現状です。そこで私が発信しているホームページは有能な医師や科学者にヒントを投げかけ、こうしたテーマに取り組んでもらいたいとのアプローチなのです。臨床家は疾病に対する経絡と組織の関係を治療データーで述べるのが限界です。息子も医学部を卒業し癌の遺伝子療法の端くれを勉強していますが、理論展開がやはり私等とは思考回路が違うのでしょう。頼もしく思います。やはり基礎は基礎の専門家にと考えています。」「経絡の証明として臨床で解っているデーターの一つとして(一経絡一置鍼の法則)として医道の日本の月刊誌に発表している内容があります。

※「東洋医学の研究家で経絡の存在を重要視して臨床を行っている方は現在では少数とのデーターがあります。また経絡の存在は臨床中を通して解ってくるもので、経絡上の法則性と再現性のある症例に出会って初めて解っても、証明方法が解らず一家相伝なる専門職的マスターベーションで終わってしまうのが現状です。そこで私が発信しているホームページは有能な医師や科学者にヒントを投げかけ、こうしたテーマに取り組んでもらいたいとのアプローチなのです。臨床家は疾病に対する経絡と組織の関係を治療データーで述べるのが限界です。息子も医学部を卒業し癌の遺伝子療法の端くれを勉強していますが、理論展開がやはり私等とは思考回路が違うのでしょう。頼もしく思います。やはり基礎は基礎の専門家にと考えています。」「経絡の証明として臨床で解っているデーターの一つとして(一経絡一置鍼の法則)として医道の日本の月刊誌に発表している内容があります。上記疾病で胃の小彎部の潰瘍があると診断された患者において述べてみますと、ここでは左腎経上に電気抵抗が低い電気が流れやすい値(井穴測定)が計測されたとします。すると必ず左腎経の支配領域の通谷穴あたりに反応が出ています。そのポイントに皮内円皮鍼皮内鍼)を施しますと、胃の痛みや、関連する全身の違和感が置鍼と同時に消失してしまいます。当然非常に早いペースで治癒する経過を辿ったりします。そこでこの患者に対し一つの実験を試みてみます。それはせっかく胃のポイントを割り出し処置を行って楽になったのに、同一の腎経上にもう一個置鍼してみるのです。すると痛みが激しい場合は数秒もたたない内に苦しかった元の状態に戻ってしまいます。一個の鍼にしてみるとスーッと楽になります。今度はその同一の支配領域に磁石を置いてみます。すると二個鍼を置いた時と同じく痛み出します。磁石を取って胃の病巣部のワンポイントに設定すると、また全身が解放するように楽になってしまうのです。同一経絡上でない他の経絡上に同じ事をやってみますと、他経ですから違和感はすぐに発生しません。当分は楽ですが時間がたつにつれ一個のポイントに設定した時より鎮痛度は低下します。」経絡が接続しているからなのです。またこうした確認を通して手では三焦経と小腸経とが途中で逆になっている事が解っています(教科書と)。また膀胱経等は一行線の兪穴が肝経と膀胱経と各経とが吻合している支配領域であることや。膀胱経の二行線が胆経と吻合していたりしています。こうした経穴は一定条件を満たすことが出来ないと置鍼が効果をだしません。こうしたことを追試したのはかなり初期の時です。現在は確認なと゛していませんが、ここには法則性と再現性があり誰が追試しても同じ結果となります。真面目な臨床家であれば一つ一つが再現性のある症例を発見していくことが可能です。行き当たりバッタリの治療は卒業したいものです。

 「経絡上におけるエネルギーの流れの実体を内分泌。それらを計測する基準は活動電流を除去した生体電気。流れを生み出す実体を支持組織と想定しています。」

 婦人科疾患等で月経不順や月経痛等は内分泌と深く関係していますが、経絡上におけるこれらの電位の過不足を調整していくと内分泌異常が改善してしまいます。こうした女性の内分泌に起因する異常は出産等の大きな転帰がないと本来変化しないものです。或いはホルモン剤を使用しなければ。以下はエドガー・ケーシーのリーディングですが東洋医学の経絡と共通する視点だと考えています。

エドガー・ケーシー
<内分泌腺>「腺はビタミンやその他の栄養をとりいれて、身体のさまざまな器官に必要なエネルギーを供給している。足の爪の成長をささえている同じ腺が、胸や頭や顔にもエネルギーを供給しているなんて考えられただろうか。また皮膚は、心臓にエネルギーを供給しているのと同じ腺によって活動しているのだ。このように腺は、食べものから同化して作られた栄養を、身体のいろいろな器官に供給してこれらの成長や活動を調整している。」

上海中医学院・「経絡は気血を運行させ、身体を滋養し、生体の異常を反映し、侵入した病邪や鍼灸の刺激などを伝導する作用を持っている」


 
末梢の自律神経とかとは異なる、組織的形態的に独立した電気的ネットワークが実在することが証明できれば、これは生物物理学にとって大発見です。(M・Y)


(近藤)※「科学や化学が発達したのでやっと日の目をみる生体エネルギーと解釈しています」

 つまり痛みは経絡間に発生した電位差の緊張が神経を伝達し脳で痛いと 知覚しているのです。 →・・・みたいなところは、末梢神経に置ける感覚入力が、大脳皮質のある領域に伝搬されて“痛み”として処理されると言う、これまでの定説と反しないところから、東洋医学で“経絡”と呼んでいるものは、西洋医学で言うところの“末梢神経”のことでしかないようにも考えられるんですが、実際のところ、こういった感覚知覚に関しては、東洋医学の臨床家や研究者の間ではどのような見解でまとまっているのでしょう?と言うことで、宜しくお願い致します。(M・Y)


(近藤)※「痛みの原因が電位差によって発生しているということが重要なのです。痛みは経絡間の電位を平均化すれば鎮痛します。また経絡間の電位が変わり平均化すれば組織に変化が起きます。このような側面を解明して頂きたいと願っています。真実は単純なものです。気の帯電は電子の過不足によって発生します。気の調整はこうした電荷に変化を与えることに繋がっています。電子はラジカル(活性酸素)を発生させることも解ってきたように、西洋医学いな基礎医学の領域で医師が早く気付かなければならない側面と考えています。」


※「私としては法則性と再現性の臨床例を多く発見するのみ。その変化を多くの人が追試し確認してもらい、その変化に見合った科学で証明してもらいたいと願っています」

 

気の実在性に付いて(メーリングリストより)

(近藤) 鍼も灸も気(電気的性質を持ったエネルギー)を操作する為に使用します。

(吉岡) 「電気的性質をもったエネルギー」というご意見ですが,ここでいう「電気的性質」とは何でしょうか。プラスとマイナスがあるという意味でしょうか。
気には「過剰」「不足」の両方,あるいは「陰陽」の両方と言い換えても良いのかもしれませんが,電気にはプラスとマイナスがあるので,シロウトには,「電気的」と答えるのが判り易いのかもしれませんが。

(近藤)気はエネルギーそのものですが、人間を問うとき地球の物質で出来た肉体と、創造する意識があります。肉体は質量を持ち生命を維持しようとする営みのエネルギーですし、全ての細胞は原子まで小さくなり、当然電気的に均衡がたもたれています。そういう意味では人間を単に電気エネルギーのかたまりと表現することが出来ます。ですが人間は物質だけでなく、創造する意識の領域がある以上、これらを考慮したとき人間は単に電気エネルギーの固まりだけではないので電気的性質を持ったエネルギーと表現してみました。この創造する意識エネルギーは電気的に中性で静止質量ゼロのニュートリノエネルギーの領域なのでしょう。意識は肉体に影響を与え、またその逆もあります。

(横山)最近は、生物学でも“場の理論”なるものが注目を集めている事情もあって 、僕としては、以下のような見解ではあります。
1、一種の電磁場の振動として"気"なるものが存在してもおかしくないかも。
2、そのエネルギーの量や質を、外力によって制御できることは可能かも。

(吉岡)「場の理論」とは「物理学」の中だけであって,「生物学」とは,知りませんでした。流行ですか? (「心理学」では「場の理論」がありそうですが。)

(横山) (1) 一種の(あくまで“一種の”)電磁場の振動(恐らく非線形波動)として“気”なるもの(物理量としては、一種の場のエネルギー)が存在してもおかしくはないかなぁ(#念のため、この「非線形波動」とは、この波動を記述する方程式が非線形であるという意味です)。

(近藤)あまり専門的なことは解りませんが、全ての形あるものには能動的であれ、受動的であれ固有の波動や磁場を持っていると考えられます。さらに単純な物質と考えられるようなものでも縁した環境の情報を受信し記憶している世界があります。例えば誰か他人の時計を手に持っていると時計の使用者の身体的環境がなんとなく伝わって来たりします。つまり時計が使用者の情報を記憶していることになり、その情報波動を私が受信してしまったというような感じです。いずれこのような微細領域等も作用し変化するのですから、必ずそこには何らかの法則があります。そして近未来に証明出来る時がいずれ来ると考えられます。

(吉岡) 西洋科学では発見されていない,「エネルギーの一種」だと思っています。「まだ,西洋科学では発見されていないもの」でしょうから,電磁気的なものではないと想像しています。想像に過ぎませんが。

(横山)(2) そのエネルギーの量や質を、外力によって制御できることは、原理的には可能かも(でも、どうやって実現されるのか、そのからくりがよく分からない)。

(吉岡)「外力によって制御できる」というのは,「正確な表現」ではないと思います。生体に関することでなければ,こういう表現で十分ですが・・。
治療に関しては,同じ外力を加えても,対象の変化は千差万別になります。だから外力を制御できたとしても,制御された外力によって,対象とする人間は制御できません。
・生命体は,自発的にバランスを保とうとする性質を保有しており,異常がある生命体に対して,「外力を加える」と何らかの変化をする。というだけです。そして,人類の経験の積み重ねによって,こういう外力を加えると,こういう風になるだろうと考えるだけです。
その推論のために,「気」の存在を前提とした,理論体系があるわけです。まさに東洋医学という科学的体系です。ただ,その前提とする「気」は,今の西洋科学では,存在すらわかっていないというだけでしょう。そして,そういう技術を持った人が,鍼灸師とか按摩マッサージ師だと思います。でも,この考え方も,本当はオカシイのです。横山さんならば理解されると思いますが,ユークリッドの平面幾何学と球面幾何学をわけるのは,平行線の公準です。西洋医学が平面幾何学とすれば,東洋医学は球面幾何学です。平行線の公準は,証明するものではなく,理論展開をする前提に過ぎません。「気」も同じで,存在証明をする必要はないと思いますが。実際にも「西洋医学」では説明のつかないことが,「気」を前提とした,東洋医学の理論では説明がつき,しかも治療実績があがっているのですし。 対象を「肉体(物体)」とみなしているのが西洋医学,「意思・意識を持ち『気』の流れをもった肉体(人間)」とみなしているのが東洋医学のような気がします。しかしながら「何かおかしい。それではいけない。」と思って,「西洋医学」も(欧米では)変わりつつあります。

(近藤)東洋医学の鍼灸治療等は生体の営みに比例して変化している気エネルギーを誘導調整し本来の循環に戻し、細胞臓腑や組織が正しい営みを取り戻させる誘導法であり技術です。そして最近迄は生体の自然治癒力にゆだねることが主流でしたが、皮内鍼等を身体の体表に固定することで驚くべき治効作用が確認されることにより気や経絡等の存在等も解き明かされようとしています。そう考えるのは私だけかもしれませんが。つまり「外力による操作」が可能となってきています。例えば胃の幽門部に潰瘍がある場合、胃の幽門部は経絡では右胃経の支配領域の中にあります。反応は右胃経の井穴の皮膚電気抵抗値が他の経絡の井穴の値より低く電気が流れやすい反応が認められます。そして幽門部の直上で胃経の承満穴に反応が出ていますので、このポイントに皮内鍼を一個置鍼しますと、胃の幽門部の潰瘍により全身に生じていた全ての違和感や各種筋群の緊張等が瞬時に改善されて行きます。そして組織が正常になるまで有効に作用します。この皮内鍼の作用機序は鍼の鍼尖が電極として働き潰瘍による損傷電位を正常電位に変換することが出来たことにより気エネルギーの循環が整い正常に滋養することが可能となったものと解釈出来ます。また経絡は神経、脈管、リンパ等とは異なる走行と支配領域を持っていて疾病が何処にあるかで、それが疾病のある支配領域と関係がある経絡に反映していますので、法則性と再現性のある治療を行うことが出来るようになってきています。

(横山)経絡なる生体内ネットワークの実在は既に証明されていることなのでしょうか?

(近藤)現在また証明されていません。私共に証明しやすい基準や再現性と法則性のある臨床例があるので有能な頭脳に解明してもらいたく、期待してホームページ等でその内容やヒントとなるデーターを発信しつつある段階です。

(吉岡)西洋科学的には「存在が認知」されていません。(「実在が証明されている」とは,どういう意味でしょうか。「気」に「質量はない」と想像しているのですが。「静止質量」を有する「電子」ですら,誰も見たことがありませんから,実在が証明されていません。概念にすぎない「熱エネルギー」も「電気エネルギー」も実在は証明されていません。それどころか「エネルギー保存則」が成立することも証明されていません。そういう仮説を立てると,すべて説明がつくというだけです。同じ論法で,「気」の存在を仮定すると,人体に関しては説明がつくのだと思います。しかし「気」を感じることのできる人がたくさんいるので,仮説とは言えないでしょう。「電子」のことを「仮説」という人がいないように。)

(横山)また、仮にそれが実在するものとして、その循環するエネルギーの流れの実体は何で、流れを生み出すトランスデューサーの実体(或いは実体として想定しているもの)は何なのでしょうか?

(吉岡)何なのでしょうか? 知っている方があれば,小生も知りたい!!

(近藤)経絡上のエネルギーの流れの実体を内分泌。それらを計測する基準は活動電流を除去した生体電気。流れを生み出す実体を支持組織と想定しています。

(横山)ええと、ここでもう一つ質問を申し上げたいのですが、“経絡の実体は内分泌系である”と考えて宜しいのでしょうか? あと、それを支持する実験事実や症例は、どれほど報告されているのでしょうか?
活動電流を除去した生体電気”の測定の技法、医道の日本社の本とかを読めば分かると期待されるので、ここでは伺わずにおくことに致します。
 
(近藤)どうやら私だけが言っているようです。症例はホームページで暫時発表していきます。また活動電流を除去した生体電気の測定技法は医道の日本には無いはずです。臨床上問題視している人がいませんから。

(吉岡) 横山さんだけでなく,小生も理解できませんでした。

(横山)これだけだと話が進みにくいと思うので、少々補足いたします。もし経絡の実体が内分泌系だとすると、上記から僕がにわかに連想できる仮説は、以下のようになります(ある意味、西洋自然科学の要素還元主義が提示する世界観の乏しさを披瀝していると言えなくもないですが)。

(吉岡) ちなみに西洋科学では,全体がある機能を有していた場合には,要素に分解して,どれかの要素にその機能を生み出すものがあると考えます。それが西洋科学の限界であり,生命体の解明を困難にしているのかもしれません。(無生物を対象とするならば,それでも良いのでしょうが)
「100匹目の猿現象」などは,量が質に転換することを示しているとも言えます。同様に,細胞の集まりである人間は,それぞれの細胞・組織・器官の性質を越えた,別の性質も有するのではないでしょうか。

(横山)経絡の実体=内分泌系のネットワーク。
気の流れの実体=血流によって発生する電磁場の時間変化。
経穴の実体=?
第1点に関して、少々説明します。
内分泌系は、血液中にホルモン分子を分泌する器官を始点とするシステムです。が、「〜系」としての大部分は、(現在知られている限り)分泌後のホルモンの挙動に関与する別組織(というかホルモンを受容する細胞)で、神経系や消化器系、循環器系みたいに、専門の器官・組織が物理的(というか解剖学的)に全部つながって一つになっているわけではないです。

(近藤)内分泌系は、血液中にホルモン分子を分泌する器官を始点とするシステムと現在の西洋医学では単純に決めてかかっていますが、本来血液に開口する必要があるのなら導管があるはずですが、主要内分泌系には導管がありません。その根本を疑っているのです。ですから内分泌の主流は支持組織の経絡に開口されているのではと考えるに至ったのと、二三の見解を考えて行く上でこのような仮説を立てています。二三の見解とは、一つには中国医学における経絡の作用の考え方にあります。<経絡の作用>上海中医学院・「経絡は気血を運行させ、身体を滋養し、生体の異常を反映し、侵入した病邪や鍼灸の刺激などを伝導する作用を持っている」
いったい身体を滋養する作用とは如何なる作用なのかという内容と、以下はさもあらんと考えざるを得ないエドガー・ケーシーのリーディングの一説で、
<内分泌腺>「腺はビタミンやその他の栄養をとりいれて、身体のさまざまな器官に必要なエネルギーを供給している。足の爪の成長をささえている同じ腺が、胸や頭や顔にもエネルギーを供給しているなんて考えられただろうか。また皮膚は、心臓にエネルギーを供給しているのと同じ腺によって活動しているのだ。このように腺は、食べものから同化して作られた栄養を、身体のいろいろな器官に供給してこれらの成長や活動を調整している。」
という腺はビタミンやその他の栄養をとりいれて、身体のさまざまな器官に必要なエネルギーを供給して、食べものから同化して作られた栄養を、身体のいろいろな器官に供給している等と微細領域で血液以上の働きを担っていることを信じた場合、中国医学と一致する内容と現在私が行っている臨床上の作用などを考え合わせた時これだと思ったヒラメキのような確信から内分泌=経絡内エネルギーと考えるに至っています。いったい内分泌の作用等、現在の西洋医学でどれ程のことが解明出来ているのでしょうか。
インドのヨガ等で重要視されるチャクラ等にしても、(マニプーラ・チャクラ)臍(ケーシー=ライデン腺)、(スヴァ・アディシュターナ)臍の下=腎、(ムーラ・アーダーラ・チャクラ)尾骨=性腺、(アージュニャ・チャクラ)眉間中央=松果体、(ヴィシュッダ・チャクラ)喉=甲状腺、(アナーハタ・チャクラ)胸=胸腺等と関係あるとみられています。
これらのチャクラはプラーナ(呼吸)=気がナーディ(脈)=経絡の中を流れバランスがとれることにより体外との霊的交流に利用されたわけです。
エドガーケーシーは<内分泌腺>「内分泌腺は肉体的にはホルモンを出す器官であるが、霊的にはチャクラといって、エネルギーの中枢であり、通り道である。」とのべています。

(横山)次に第2点に関して、少々説明します。
一応、血球も細胞なので、ご存じの方はご存じなのですが、表面は細胞膜で、主成分はリン脂質です(例えばレシチン(ホスファチジルコリン)などは、添加剤としてご存じの方も多いでしょう)。で、その一部には電荷を持つモノ(例えばホスファチジルセリン)があるので、その細胞膜上の電荷が電場(高校の物理の教科書では「電界」)をつくります。この場合の電場は空間的に一様ではないので、電場の空間勾 、即ち電位が発生します(この場合の空間分布は、拡散電気2重層という形で定式化されていますが、余りに専門的なのでとりあえずパスしましょう)。で、血球細胞が血流に乗って移動するので、血球表面の荷電性リン脂質の作る電場(従って、膜の周囲の電位)もそれに合わせて時間変化・空間変化します。さらに「血球表面の荷電性リン脂質の作る電場」と「血漿中に解けている電解質」の相互作用によっても電位が発生し(界面動電位と言います)、また、血球の移動に伴う粘性抵抗も効いてくると思われるので、血球だけを考えても、メカニズムはかなり複雑なものになります。
ほかに、血液中に含まれる高分子化合物(ペプチドホルモンや、抗体蛋白質など)の表面電位も考えると、何だか収拾がつかなくなりそうです。
で、第3点ですが・・・。
経絡=内分泌系として、では経穴(=ツボ)の実体は?という疑問が当然わいてきます。で、僕には容易にイメージできません。
どこかしらで、“ツボ(経穴)=リンパ節”という話を小耳に挟んだことがある(出典失念。スミマセン)のですが、もしそうなると、「経絡の実体=リンパ系」と言うことになって、話が変わってきますね(気の発生メカニズムに関しては、電荷の担体が変わるだけですが)。

(近藤)リンパ系は経絡の実体ではありません。中国医学の文章において、食事は栄養となり血液となり分配されるがさらに精微で微細なものが経絡を循環し生体を滋養する。等と書かれたのが古文書にあったような。

私みたいな臨床家には限界があります。既成の概念では、はたまた20世紀に構築された理論では新しい時代が必要としているものを解明することは難しいと考えられます。新しい発想が必要と考えられます。

 

氣に関してですが、超能力的なものでは、決してないというのはわかるのですが、今は相手の氣も自分の感覚でしか把握できず、以後の治療に用いられるという確証がありません。先生はどのような方法で把握されているのでしょうか。よろしければ、お教えください。


(近藤)東洋医学の気と言う存在は20世紀迄は「気のせいだ」等と否定の代名詞のように使用されて来ましたが、この「気」が21世紀をリードしていく救いの切り札と考えています。

私の妻は小さい頃より特殊能力があり霊視したり、植物が語りかけて来たり、その他複数の能力があるみたいですが、植物が語りかけて来るのを分析し、植物の波動が意識の中に入り込み、自己の知っている言語に置き換えられて伝わってくる等と表現していたのを思い出します。一種のテレパシーなのでしょうが、人間同士でなくとも伝達出来る世界が在るのです。このような高度なレベルの気を感じる段階になると「最初に言葉あり」となり、テレパシーこそが宇宙における唯一の共通語となり、言語に置き換える必要がなくなるのかも知れません。

現代は言語を媒体として育った世代からテレビを媒体として育った世代へと移行しつつある時代です。直感力に優れた子供達が生まれてきています。何かに直面するとすぐ結論を出せる能力が育ってきています。「いやだ」の中には真面目に全身で違和感を体感していることが多いかも知れません。生命が喜ぶような出会いがないからかも知れません。ハートに響かないから「いやだ」なのかも知れません。このような時代の変化の到来は人間の必要とするものが物質文明から精神世界へ移行しつつあるから生まれて来ているように感じます。こうした変化は人間が自己の内面の世界へ気付くステップなのかも知れません。魚座より水瓶座の21世紀へ移行するにあたり、気を感じ取る必要性がすでに開かれようとしていると考えた方が良さそうです。外界ばかりを見つめ、猫が動く対象物に振り回されているような時代の終末です。

気を感じ取ることは誰でも知らずに行っているのですが、その必要性を理解していない社会環境のため、学習がなされていません。患者さんが子供さんを連れて来院された折り等に、子供に聞いてみたりすることがあります。「心の目で見て、いまやっていることで何処が気持ちいい」等と子供に聞いてみるのですが、「ここが気持ちいい」とさりげなく答えてくれます。ほとんどの子供が正しくいいあてます。親の方がびっくりする始末です。子供に難しく言う必要もいりません。「心の目で見て気持ちよいとこは何処」です。すると子供は自然にリ
ラックスして静止しています。これらの行動は本能的に持ち得ていた人間の能力に思われて来ます。最近「内観」等が診療にも取り入れられていますが、もしかしたらやっている先生の方が解っていなかったりしているのでは等と思いたくなる現実に出会う事があります。

気を感じ取る事は、外界の変化の波動を受信する行為なのですが、感じ取りたいものを全て受け入れる姿勢が必要となります。患者さんにあっては、患者さんの病態を全て理解しようと思うチャンネルに気持ちを切り替える必要があります。そして焦点を合わせたら、後は自己の体内で変化している動きを観察します。暖かくなったり、じんじんしたり、痛くなったり、重たくなったりする動きを見つめるのです。そして感じ取れる感覚は全て、その理解しようとし、焦点を合わせた対象の変化と解釈する必要があります。治療を施してうまく整えることが出来た時、なぜか治療を行った人も体が楽になっている等の経験をされたことがあると思います。逆に言うと治療を施して疲れるようでしたら正しい治療がなされていないことを理解する必要があります。

気の受信での判断基準の基礎は自己の小宇宙の中にある調和したがっている一なる力の判定に委ねます。調和は楽ですが、不調和は違和感として感じとることが出来ます。

私の体験を述べてみますと、並んで寝ている患者さんがいて、次の患者さんのところへ行き、さあ見ようかと思うと、その患者さんの訴えたい違和感が身体に伝わってきたりします。その違和感を解放するポイントを確認していき治療方針を決定するわけですが、気を誘導していくと、疾病が発生している部位が一時的に重たくなり、暫くするとスーッと気が移動し楽になっていったりします。ですから私自身の身体が楽にならなければ正しく治療出来ていないことになります。ですから私自身の体が楽になったら、次の患者さんの治療を始めるのです。このような事もあります。一人の患者さんがとても楽になり喜びが大きいと、他のベッドで寝ている患者さんもその波動を受信し、気持ちよくなり、気の誘導がとても簡単に早く行える事があります。俗に言う「お陰を得る」となるのでしょう。

気を受信しやすい状態とは受信する対象の気が活発に動いていると受信しやすくなります。私共は独自で制作した装置を使用し気を動かして感じ取りやすくして気の誘導を行いますが、気が活発でないと感じ取りにくくなります。


この気を感じる内容は、感じ取り方に多少の差異があれ、言語より事実を正しく感じ取らせてくれます。感じ取った内容が即本質なのです。感じ取った内容を言語に表現していたら、文章が好きな人だったら本が出来るかも知れません。ごまかしがきかない世界です。誰でもが同じ位置で観察したりする事が出来ます。

この人間に与えられている気を受信する能力は日増しに認知されて行くことと思います。そして色々な立場に立っている人が、色々な立場から過去の理論や学説を再検討し新たに21世紀ふうに改めて行くことと思います。新しい時代はごまかしがきかない時代に突入しようとしているのです。

 

 


ツボは解剖学的にはどのように捕えられているのでしょうか?



 

 組織解剖学的には証明されていないのが現状です。
ですが体表に皮膚電気抵抗器を通電すると複数の通電しやすいポイントが見つかります。我々はこのポイントをツボと理解しています。
ですからツボは体表には無数ありますが、この中で体幹部へと接続している要所を経穴と考えています。

また経絡についてはどのように捕えられているのでしょうか?
 

 中国では神経系、脈管系、リンパ系に加えて経絡系が定義されています。
経絡系の作用としては、
1気血を運行させ、身体を滋養する作用。
2経絡は生体の異常を反映する作用。
3侵入した病邪や鍼灸の刺激を伝導する作用。
等かあるとされています。

1に関しては血液至上主義の西洋医学では全く研究の対象外となっています。

 私見として、経絡は導管を持たない腺が血管の中より支持組織内に開口し、支持組織内には絶縁帯を持ち、独立した支配領域を持ちながら、腺が血液成分に劣らぬ身体を滋養するエネルギーを循環させていると考えています。導管を持たない腺の役割を西洋医学で着目して貰いたいと考えています。


 2に関しては経絡は生体の全ての組織細胞における営みと比例しています。疾病によって経絡内のエネルギーは変動しています。
例えばテンカンや本態性高血圧では左小腸経と言う経絡が虚証となっています。胃の小彎部の潰瘍があると腎経と言う経絡のどちらかに虚証が存在します。膠原病では右心経という経絡に虚証があります。
腰部椎間板ヘルニアでは、椎間板の軟骨が飛び出している側の肝経と言う経絡に実証があります。痔では痔になっている側の脾経と言う経絡に虚証があります。書き出せば切りがありません。


 3に関しては、経絡は身体内に独立した支配領域を持っています。
痛みの発生機序に付いて述べますと、神経が損傷し脳に伝達され知覚されているのでは無く、東洋医学で言う経絡間の電位差による緊張を神経が察知し、その緊張が脳に伝達され痛みが知覚されています。
神経は単なる知覚の伝導路にしか過ぎないのです。
西洋医学も神経を見つめる医学より再検討が必要と考えられます。
そうしないと何時まで経っても不定愁訴に解答が出せません。
何故なら経絡間の電位差を鍼で解除するだけで、瞬時に各種違和感や痛みが解除されてしまうからです。