■氣の受信■

 

  氣とは大宇宙及び地球上における自然界のエネルギーの総称であり、電気的性質を持ったエネルギーそのものです。そしてそのエネルギーの方向性によって個々の存在価値が発生しています。単純な鉱物は周囲の環境に対し受動的な方向性を持つエネルギーとして存在し、人間は創造するエネルギーをして能動的に働きかけて行かなければならない方向性を持つ存在として大自然の中で生かされながら生命活動を営んでいます。一つとして単独で存在していません。加えて人間の意識や心の動きもまた電気的性質を持ったエネルギー波動「氣」であり、送受信 を行う電気信号に他なりません。
 気と言う概念は中国で考えられたエネルギー表現です。紀元前における中国伝来の医療において「鍼術の要は氣を整えることにある」と古典に記されています。当然、氣を整えるためには整えるべき氣を正しく把握し理解しなければなりません。理解することなくして整えることは不可能だからです。この把握し理解する方法こそが氣の受信なのです。この行為は21世紀において東洋医学のみならず全ての領域で優先しなければならないほど重要性を持つようになって行きます。

 東洋医学の気と言う存在は20世紀までは「気のせいだ」等と否定の代名詞のように使用されて来ましたが、不定的実体を持たない変化してやまない生命エネルギー「気」が21世紀の法や理論をリードしていく救いの切り札 になることを人類は気付いていません。何故なら、形有る中に躍動する変化が生命の誕生を作り出す原動力となっているからです。つまり、気は幾多の形成された存在物のルーツなのです。このような変化して止まない生命の営みを把握するには、変化しているあり方を把握する必要が出てきます。これ を可能にするのが気の受信なのです。

 東洋医学が今日まで、その存在意義を軽視されながらも残り得たのは生命の本質を見つめ続けていたからなのです。21世紀では次第に形在る中に存在する気に注目が払われるようになるはずです。病気で言えば壊れてしまって解る西洋医学のデーターより、疾病になろうとしているはるか以前の身体環境を、気を読み取ることにより理解して、処置が 出来たりするからです。

  気の受信は生命活動にとても大切です。静かに自己を見つめたり、身体環境を静かに観察したり、外界のものを判断するにも必要です。新しい時代では自己の内面に心を配ることが必要です。20世紀迄の人類は視覚に振り回される歴史を歩いて来ました。猫が動くも物に振り回されるがごとく。気を感じ取ることは誰でも知らずに行っているのですが、その必要性を理解出来ていない社会環境のために「見えども見えず、聞こえども聞こえず」となっています。人は誰でも幼い頃には外界の情報を正確に読み取っているのですか、大人が気付いていないので、気を受信する学習もなされず、鈍い肉体の中に埋没してしまっています。

患者さんが子供さんを連れて来院された折り等に、子供に聞いてみたりすることがあります。「心の目で見て、 何処が気持ちいい」等と子供に聞いてみるのですが、「ここが気持ちいい」とさりげなく答えてくれます。ほとんどの子供が正しく言い当てます。親の方がびっくりする始末です。子供に難しく言う必要もいりません。「心の目で見て気持ちよいとこは何処」です。すると子供は自然にリラックスして静止しています。これらの子供の行動は本能的に持ち得ていた人間の能力の一部なのです。

 気を整える治療においてはまず外界(患者)おける波動エネルギーの変化を受信する必要が出てきます。その時、治療家の立場は全てを受け入れる受動的姿勢が要求されます。東洋医学における経絡診断を行う場合で言うと、患者さんの病態を全て理解しようとする気持ちを持ち、意識のチャンネルを患者さんに向け、先入観は入れず 、静かに自己の体内で変化している動きを観察します。頭が重くなったり軽くなったり、身体が暖かくなったり、 ジンジンしたり、痛みが移動したり、冷たく感じたり、重たくなったり、不安が伝わってきたりと身体内のエネルギーの動きや変化をあるがままに見つめます。こうして受信した感覚の全てが 、理解しようとして焦点を合わせた対象の変化であり、治療方針を決定するデーターとなります。

 気の受信での判断基準の基礎は自己の小宇宙の中にある調和したがっている一なる力の判定に委ねます。調和は楽ですか、不調和は違和感として感じとることとなります。人間の身体環境には常に均衡を保とうとしている恒常性が働いています。術者はこの恒常性を基準として判定を下します。また、東洋医学の経絡理論は診断を行うにあたって最大の物差しとなります。

 経絡の存在は明確に認定されていませんが存在しています。身体の中に独立したネットワークを形成しています。このネットワークには十二経絡と督脈・任脉・衝脈・帯脈があり、それぞれが独立した支配領域を持っていて、各経絡間を接続している絡穴と言うポイントも存在しています。そして、身体の組織細胞の変調は経絡に反映することとなります。 各経絡は身体内において電気的に独立した支配領域持ち身体の組織細胞の変調は各経絡間にエネルギーの差異を生じさせ、経絡間の差異は経絡間に電気的緊張を引き起こし 神経が変調を伝導することりにより各種違和感を知覚できると考えられます。この様な経絡間の差異を読み取 り、経絡間に発生しているエネルギーの過不足を調整する処置により各種違和感を改善させることが出来るようにのです。

 私の体験を述べてみますと、並んで寝ている患者さんがいて、次の患者さんのところへ行き、「さあ治療を始めよう」と考えると、その瞬間、患者さんの訴えたい違和感が身体に伝わって来たりします。

 経絡診断は各経絡の末梢にある井穴に一定の方法にて気を誘導し、その変化の程度を観察します。そして、違和感が解放するポイントを探して治療方針を決定するわけですが、気を誘導している時に疾病が発生している部位が一時的に重たくなり、暫くするとスーッと気が移動し楽になって行くのが感じ取れたりします。これらは経絡間のエネルギーのアンバランスが解除する時に起こる現象です。こうした気の変化を感じ取り過剰は抜き取り不足に対しては補う治療方針を決定し、経絡診断に見合った処置を施すわけですが、治療の処置を行っている段階で私自身の体が楽になったら次の患者さんの治療へと移動して行きます。このような事もあります。一人の患者さんがとても楽になり喜びが大きいと、他のベッドで寝ている患者さんもその波動を受信し、気持ちよくなり、気の誘導がとても簡単に早く行える事があります。俗に言う「お陰を得る」と言う本質がここにあります。人間のツボは体表にあって電気が通りやすいポイントとなっています が、それらは、ツボが体外の情報を受信できる受容体としての役割を担っていると考えられるからです。

 一回の治療の経過として気の誘導が終わり、暫くしてもう一度、治療が終了した患者さんに集中して気を受信するようにしています。そこで頭に気が溜まっていないかをチェックするのです。頭がスッキリしていれば治療を最終的に終わります。東洋医学の古典において「気が至って治療を終わる」とあります。気が至るとは頭に溜まっていた気が下降し過不足がなくなりバランスが取れスッキリした状態を言うのです。頭がスッキリしていなければもう一度気の調整を行う必要があるのです。

気の調整に於ける診断は術者の身体がその診断ベースとなります。それ故、治療を終わって術者の身体が楽になっていなければ正しい治療が出来ていないことに繋がります。

 気を受信しやすい状態とは受信する対象の気が活発に動いていると受信しやすくなります。私共は独自で制作した装置 (気代謝誘導装置・天心システム・ポイントチェッカー)を使用し気を動かして感じ取りやすくして気の誘導を行います。気が活発でないと感じ取りにくくなります。受信する対象は物質の変化から心の動きに至るまでの幅広い領域となります。

私の妻は小さい頃より特殊能力があり霊視したり、植物と話したり、外界に於ける複数の対象と話をする能力があります。植物と話すと言っても共通する言語が無いのにと思われるかもしれませんが、植物との対話の機序は植物からの波動信号を受信し、それが意識の中に入り込むと、自己の知っている言語に置き換えられて伝わってくるのです。人間同士でなくとも伝達出来る世界が存在しています。このような繊細で高度なレベルの気を感じる段階を地球人類が習得するには時間が必要です。ですが将来必ず習得できる能力なのです。

現代は言語を媒体として育った世代からテレビを媒体として育ちつつある世代へと移行している時代です。直感力に優れた子供達が生まれて来ています。何かに直面するとすぐ結論を出せる能力が育ってきています。「いやだ」の中には単純なわがままだけでは無く、全身で違和感を感じ取っているからかも知れません。恐らく生命が喜ぶような出会ではなく、ハートに響かないから「いやだ」なのかも知れません。このような時代の変化の到来は地球の成長過程で人間の必要とするものが物質文化から精神世界へ移行しつつあるから起きている現象のように感じます。またこうした変化は人間が自己の内面の世界(潜在意識を含め)を気付く為に必要な成長過程のステップなのかも知れません。

「最初に言葉あり」の世界があります。この言葉とは言霊なのかも知れません。テレパシーこそが宇宙における唯一の共通語となり、 言語は意志を伝達するためにとても便利な道具です。ですが、将来に於ては言語に置き換える必要が少なくなる時代が地球に訪れるかも知れません。

 魚座より水瓶座の21世紀へ移行するにあたり、新しい時代は真実や事実の伝達において方便としての言語に置き換えず、発信されている情報を直接感じ取ることを要求していると考えた方が良さそうです。その方が間違いも少なくなります。人間の行動はあたかも、猫が外界ばかりを見つめ、動く対象物に振り回されている のと同じような自己不在の時代の終末です。このような時代の到来に至るには時間が必要です。ですが、この人間に与えられている気を受信する能力は日増しに認知されて行くはずです。そして色々な立場に立っている人が、色々な立場から過去の理論や学説が再検討され、新たに再構築されて行くでしょう。新しい時代はごまかしがきかない時代に突入しようとしているのです。

「内観」
 最近精神科領域で「内観」等が診療にも取り入れられていますが、何を目的とした内観なのか先生の方が解っていなかったりしているのでは等と思いたくなる現実に出会う事があります。「内観」は自己を見つめる行為ですが、単に心を静める為や反省の為に行うだけの行為ではありません。心の中に浮んでくる全てとの対話を行う行為でなければなりません。その中には自己の潜在意識との対話や、幻聴や幻覚を感じるのであればそれらも含みます。現在の西洋医学では幻聴や幻覚は起こりえないものと否定していますが、形の無い世界と自然に会話している人は沢山います。人間の心と肉体は常に調和しようとしている力の中にあります。この調和しようとしている力との対話が「内観」する行為に価値を与えるのです。


「薬における波動の受信の仕方」
 人間は誰でも外界の波動を受信する能力を持っています。当然、薬の持っているエネルギー波動を受信する能力を持ち合わせています。例えばまず幾種類かの薬を一つずつ 手に持ってみて、身体が楽になる薬だけ選び出します。次に身体が楽になった薬で必要と判断した量の薬を手に持ってみて、身体の変化を観察してみるのです。その薬が身体に有効に作用する場合は、深い呼吸が出来だしたり、身体内部がしだいと暖かく広がっていくような開放感を感じ取ることが出来たりします。逆に適合しないと深い呼吸が出来なくなったり、身体が重たく感じたりします。マイナスと感じたら薬の服用を控えるべきでしょう。このように身体に
マイナス を感じるか、ブラスと感じるかで服用した後の結果を前もって知ることが出来るのです。最大の審判者は自己の中に存在している調和したがっている力なのです。

 

 


 

人間の可能性■

 仏教に於ける末法の時代或いはキリスト教の終末とは人間が生きる指標と価値を見失う時代のことです。それは生来備え持っている自己の能力に目覚める為に必要ないき詰まりの到来なのです。人間の一面を表現するならば、猫が動く物に振り回されて遊ぶように、人間の意識構造も外界の表象によって振り回されている側面がほとんどのように見受けられます。まさに現代は心の奥底で外界の現象に振り回されるのにあき、真の生きる存在価値を見出そうとしている時代と言えます。このように外界に振り回される思考回路ではものの本質を発見し自覚することは出来ません。

 21世紀に必要とされているのは、外界に振り回されず、自己に立脚し、自己の内面より真実を正しく理解することが出来る把握能力なのです。こうした世界に入る為には二つの方法があります。

1−外界が発している波動エネルギーを正しく受信すること。
2−人間に内在されている95%潜在意識と対話をすること。

 こうした視点を重要視し物事や現象を観察していくと全てのものが真実であるか無いかを篩いにかけて行くことが出来るようになります。正しい情報が受信できなければ、そこから生み出される理論はいい加減なものとなってしますし正しい解答を引き出すことは出来ません。今から述べる内容はこれらを体得するための基礎であると共に、施術をする治療家として不可欠な必要条件と言えます。黄帝内経「素門」「霊枢」の本質なのです。長足に進歩した現代科学と照らし合わせながら利用すると新しい世界が開けてくるのです。

 

 

  

■人間の氣■


 人間の細胞や地球の物質をミクロな視点で見つめていくと原子まで小さくなり、さらに電子(−)と陽子(+)と小さくなり、それらは電荷を帯び、一定の方向性を持ち地球での最小単位のエネルギー(氣)として存在しています。ですが人間の場合 、単純な原子の集まりではありません。以下のような在り方をしています。

○人間は原子エネルギーの集まりによって造られています。

○遺伝子情報=人間になれという遺伝子情報(波動エネルギー・氣)により人間になるべくして人となっています。(猿は猿の遺伝子が在り、人間には人間の遺伝子が在ります。人間の先祖が猿であるとする学説は間違っているかも知れません)

○創造する意識エネルギー(氣)を持ち宇宙の中に存在しています。そして大自然の一員として自らの生命の在り方を創造するエネルギーをもって理解し生かし生きていかなければならない宿命を与えられています。

 このように人間は単純な物質としての氣、遺伝子情報の気、創造する意識エネルギーとしての気より構成され、成長し躍動する生命体として存在しています。 

       

 

 

 

 ■氣を受信する基礎■

 生命現象があれば生命の営みに比例して氣は躍動しています。そして生命相互間が作用しあい色々な結果を生み出して行きます。良い結果ばかりでは無く、当然悪い結果も生じています。そしてこの悪いと称される結果は必ず自然の法則より外れたときに発生しています。人間の疾病もその一つなのです。 形成する力より破壊する力が優位となった時に身体が本来の正しい営みを見失うわけです。そして身体内のエネルギー(氣)循環も疾病に比例した流れが生じてい くことになります。

 東洋医学では氣の流れを整えて細胞臓腑の営みを快復させる治療を施して行きます。人間の肉体は波動が粗く鈍いので変化するには時間がかかり過ぎます。 ですが組織細胞の変化とは異なり、気の循環に変化を与える事は簡単に出来たりします。そこで、気と組織細胞が比例して存在していますので、簡単に変化する氣を整えることにより 組織細胞を正常になるように誘導する方法が東洋医学での気の誘導であり、治療なのです。破壊する力に形成する力を注ぎ込む医術と言えます。

 そのためには氣を動かし変化させる必要があります。氣を動かすための方法は幾らでもあります。お風呂、運動、整体、鍼、灸、低周波、高周波、光、電磁波、食事、低出力レーザー、マイクロ波、赤外線、薬等と数えればきりがありません。極端に言うと心が動いても氣が動きだします。ですが治療となれば単純に氣を動かせば良いわけではありません、身体が求めている状態を正しく理解し必要に応じた誘導が必要となってきます。そのためには氣の変化を漠然とでも感じ取る事が必要となってきます。何事もその本質が解らないと正しい指導が出来ないからです。氣を感じ取ることは一見難解なように受け止められ勝ちですが、人間にとって特殊な能力ではなく、そう難解なことではありません。感じ取り方を数回体験すると簡単に体得する事が出来たりします。21世紀では東洋医学、西洋医学を問わず医療に於いては生体の波動を感じ取ることが不可欠となっていくでしょう。氣の変化を漠然とでも感じ取ることが出来ないということは、不定愁訴に対して、検査データーが悪くないので問題ないと診断し、精神的な問題として処理する曖昧な診断となっていくこととなります。不定愁訴や痛み、だるさ、冷たさ、不安感等の自覚症状はデーター的異常が出る前の警告に他なりません。未病の警告です。病気になろうとしている現実を見逃すことに繋がって行きます。壊れて初めて解っていたのが今までの現代医学かもしれません。壊れてしまって初めて病気に気付くのは20世紀で終わらせたいものです。21世紀では手探りの不安定な治療に終始しないためにも生命の波動を受信する学習が必要不可欠となってくるのです。

 

  

 

■人間に於ける氣の受信能力■

  氣を受信するという能力は人間が生来より持ち得ていた能力の一部であり、けして特殊な能力というようなものではありません。誰もが持っている普通の能力にしか過ぎないのです。ただ受信する必要性を理解出来なかったがゆえに、受信する仕方を気付かなかっただけなのです。人間もまた数千年の歴史の中において、目に見える現象に振り回され自己の内面の変化を観察する余裕が無かったのだとも言えます。こうした現実はむしろ人間が人間として存在するための不可欠なエネルギー(氣)に対し暗かったということであり、「自己を見失っていた」とも言えるのです。 

  

 人は誰でも生活の中で周りの波動(氣)を常に感じ取っているのですが、外界の変化を受信する学習がなされていないので「見えども見えず、聞こえども聞こえず」というのが現実のようです。或る特定の人の近くへ寄ると急に肩が凝ってきたり、初めて逢う人なのに親しみを感じたり、緊張感が感じられたりもします。これらは人間が常に周りの環境の変化を受信しながら生活している生命体だからに他なりません。意識のチャンネルを感じ取りたいものに焦点を合わせると意識しない時よりハッキリと受信することが可能となります。写真を見て写真に写っている人物に対し「どういう人だろう」と意識のチャンネルを合わせるだけで、その人物の身体の状態がこちらの体に伝わってきたりもします。薬を飲まずに手に持つだけで飲んだと同じ変化を感じ取ることも出来ます。さらに特殊な例として、薬が手元に無くても「私は○○の薬を飲んだら体が楽になる」と自己の潜在意識に言葉で問いかけてみるのです。すると本当に薬を飲んで身体に良い影響を与えない時は、身体のどこかに違和感を自覚することが出来ます。例えば頭が痛くなったり、息苦しくなったりするわけです。これらの現象は自己自身の潜在意識が判断しているということになります。つまり外界の波動を受信し判断する根底には潜在意識が重要な役割を担っているからなのです。 

 ある時私が盆栽を買って来た時のことです。何となく枝振りも良く、いい感じがしたので買って帰り、その盆栽をよく見ると枝が針金で固定され幹の中にまで食い込んでいます。そこで針金をすぐはずした時のことです。針金をはずすと同時に私の頭の中が外へ広がるような開放感に包まれたのです。それは紛れもなく、針金の強制力より解放されたがっていた、生きている盆栽の波動だったのです。またこういうこともありました。娘が可愛がっていたハムスターが喧嘩ばかりして傷つけあっているので、共に同じ研究をしていた医師が安定剤の一種でセルシンを注射した時のことです。私達全員がワーッと思わず声を出していました。全身の緊張が取れていくのを感じ取ったからなのです。

   外界の気を受信するには肉体細胞の営みに振り回されない環境が大切と言えます。ですから体調が整っている時がベストです。当然 、食に関しては「足りるを知る」ことが大切です。それと身体に疾病が存在していない方が正しい受信がしやすいと言えます。 気を正しく感受する為には自己管理が不可欠なのです。

 

  

■受信方法■

基本的な受信方法です。

1ーリラックスする。
 身体の状態をリラックスさせ全てを受け入れるようにします。

2−受信したいものに焦点(意識のチャンネル)をあわせる。
 例えば身体の具合が悪い人がいたら、その生命体を単純に理解しようと思えばよいのです。頭で理解しようとしてはいけません。

3−自己の身体内部の変化や気持ちの変化を観察する。

 身体の小宇宙は常に調和へ帰ろうとする方向性を持っていますので、不調和を引き起こす外界に出会うと違和感として受信したり、逆に調和している波動に出会うと全身がリラックスする感覚を受信することが出来ます。こうした人間に元々備わっていた受信能力を利用します。

 全てに対する受信の基礎は宇宙に存在している調和したがっている一なる力です。身体の小宇宙には調和したがっている一なる力が何時も働いています。ですからこの一なる力を基準として、自己と相対する外界の存在がプラスに影響しているものなのか、マイナスに影響しいるものなのかを識別することができます。例えば体調が悪い疾病を持っている人に焦点を合わせると局所的にだるかったり、痛かったり、シビレの感覚が伝わってきたりします。これらは診断するための重要参考データーとすることができます。他にも受信例を述べますと本や、レコード等を手に持ち、静かに自己の内面を観察すると身体が優れずしんどかったりする感覚が感じ取れたり、逆に頭がスッキリし身体が暖かくなってきたりします。こうした時身体が優れず違和感を感じ取るような本やレコードは潜在意識が精神的にも身体的にも必要としない存在、或いは利用価値がないと判断を下していると考えることが出来ます。逆に身体が暖かく開放感を感じるようだったら一読をおすすめします。きっと役に立つ内容が見出せるはずです。この様に全ての外界に存在する対象物に対し何らかの判断を迫られている時、内観する方法を試して頂くと解決することがあるかも知れません。

  自己の小宇宙の潜在意識に尋ねたら少なからず回答が出てくるはずです。但しこれらの受信結果は調和したがっている身体内の一なる力を基準として受信し感じ取っているということを忘れてはいけません。また人は誰でも宇宙の中心としての位置が自己の中に存在している事を理解する必要があります。これらは人間が大自然の生命体の一つとして存在しているから共有出来る本質なのです。

   新しい時代では、こうした能力が次第に利用され、いろんな分野で再検証が行われ20世紀では正しい理論や学説とされていた内容に審判が下されていくことになります。

 

 

 新経絡治療(バランス鍼法)では装置を使用して気の誘導を行いますが、誘導棒やレーザーポインター照射をしての診断を控えて、直接、経絡診断をする方法があります。テレパシー経絡診断です。

 身体をリラックスして目を閉じ患者さんの井穴をイメージします。すると装置で誘導していた時と同じ感覚が伝わってきます。患者さんのオーラー圏内より離れて行う方が診断が解りやすいようです。

 実際の治療としては診断と治療を同時に行います。私の場合は足にアースクリップを着けて電子波の金属棒を5分位持ってもらい、その状態でイメージ(テレパシー)診断を行います。実証経絡が割り出せたら手に誘導棒を持たせ 十二経絡循環に対応する足の実証経絡にアースします。
 
 リラックスした後、虚証の確認をテイ鍼で行い、虚実のレベルを判定して、判定に見合う虚証の処置を施し、軽く各実証経絡への瀉法の処置を行います。 実証経絡の手足の指を回し揉みしても実証領域への処置と同じ効果が得られます。
 
 テレパシー診断は装置を使わなくとも可能です。名前と少しばかりの情報があれば解ります。地球の裏でも。相手をイメージしながら焦点を井穴に絞り込み、肺経・大腸経・心包経…………。と確認して行きます。解放しなければならない経絡が確定したら、解放するイメージをさらに送ります。この段階から外気功になりますが 、ゆっくり送っていると身体が軽くなります。ですが、イメージでの外気功では実証・虚証の処置が不安定で、治療処置としては中途半端のきらいがあります。 気代謝誘導装置・天心システム・ポイントチェッカーは実証経絡が確定したら手の実証経絡に通電するだけで法則道理の調整が行われ、身体のエネルギーバランスを整えてくれる装置です。へたな外気功まがいより確実性があると言えます。
 
 今まで気の下降感が体得出来ている先生方は是非追試して頂きたいと思います。諸先生方も追試して正確で安楽な診断と治療に到達して頂きたいと思います。
 

 

 

■潜在意識を基礎とした受信■

  人間が通常使用している顕在意識の領域は5%位で、使用されず眠っている潜在意識の領域は95%位だと考えられています。人間の脳も5%位しか働いておらず、そのほとんどは使用されていないと言われています。ですが21世紀では使用する仕方が解らなかった潜在意識の95%へのコンタクトが試みられ、次第に潜在意識の重要性が認められて行くと考えられます。潜在意識の領域には過去 生の経験の情報が眠っているので、何時でもそれらを引き出して利用することもできたりします。ですからこの潜在意識に問いを発していくと、何故か仏教で説く輪廻の世界とが深く関連していることを否定出来なくなってきます。人間の生命は現世限りではなく、永劫を通して成長し続けている生命エネルギーとして存在しているからです。ですから単純な外的対象を受信することを通して奥の深い「潜在意識を基礎とした受信」が次第に可能となっていくはずです。この人間が忘れてしまった本来持ち得ている潜在意識を基礎とした受信能力を利用することにより真実が次第に解き明かされ、人類は新たな成長と繁栄を享受することができるようになるのです。 この潜在意識を基礎とした受信こそが「末法の法 」なのです。

 潜在意識を基礎とした受信とは意識のチャンネルを現在進行している現象の波動に焦点を合わせるだけではなく。現在進行していない未来の事象に対しても焦点を合わせても回答を得ることが出来たりします。例えば薬に手を触れず「この薬を飲めば体が楽になる」と言葉で自己の潜在意識に送信すると潜在意識が良否の反応を示してくれます。身体の変化を観察すると、薬を飲んだ時と同じような感覚を体感することが出来ます。楽にならない場合は体が重たくなったり不安定になってきたりします。逆に飲んだ方が体に有益な場合は呼吸がしやすくなり身体が安楽な感覚を感じ取ることが出来るのです。これは自己の潜在意識が判断し解答を与えてくれている事を意味します。また未来のテーマに対し実行すべきか否かと焦点を合わせ自己の潜在意識に問えば、 プラスの場合、身体が軽くなり、マイナスの場合、身体が重たくなる感覚で教えてくれたりします。潜在意識こそ自己がなすべきことを知っている最良の教師と言えます。このように考えていくと偉大な発見や発明を成し遂げた人々は、以外と潜在意識との対話が優れていた人だと考えられます。

 

  

■氣を受信する必要性■

 元気とは本来在るべくして在る元の気のことを言い、小宇宙からほとばしり出る生命力の事を言います。「元気になった」とは生体の氣(内分泌と関連した電気的性質を持ったエネルギー)が円滑に流れ組織が正しい営みを取り戻したと言う意味が込められています。氣を操作する人の中にはエイ、ヤアー等と力を加える操作をして、喜んでいる人が見受けられますが、こうした方法は電線を流れる電気がショートした姿と似ています。力みや、粋がり、誇張等は本当の姿ではなく、本当の力を引き出すことは出来ません。かえって全体のバランスを狂わす原因となることがあります。ショートせず電線の中に存在し、正しく循環している姿のままでよいのです。その方がかえって瞬発力や持続力を保持出来るのです。偉大な力は調和されている中にあり、開放感や暖かさや、優しい感覚として受信されます。エイ、ヤア等の波動は変化が大きくとも、空間を歪めて滞りを作る原因となります。それはまさに環境を破壊する化学物質と似ています。自然の法則から外れやすい行為なのです。

 調和とは自然界の中に存在している一なる力の顕現です。この力を見つめる時、全ての出来事や全ての内容、或いは身体の健康度を判断することが出来たりします。氣を受信することはこうした調和したがっている一なる力を尺度として、自然界の環境、身体内の氣(エネルギー)が調和しているか、混乱しているかを身体内で内観し感じ取って行く行為であり方法なのです。それを計測する受容体が他ならぬ人間の身体 のツボなのです。人間はあらゆる存在を識別する能力を本来持っています。そしてその受信及び診断基準は調和の感覚であり、バランスが取れた時に感じる開放感であったり、リラックスしたり、安楽であったり、気持ちよい等の感覚として伝わって来ます。それ以外の緊張感や違和感等の感覚を受信するときは、焦点を合わせた対象が自然の法則より外れていると判断しなければなりません。そして自然界の法則より外れている存在は必ず自然淘汰され、必要とされなくなる存在であることを意味しています。

 身体関しては正しい氣の循環が行われていないと言うことは、そこに破壊の力が優位にたっていることに繋がって行きます。 逆に気の循環が正しく行われている時は、破壊ではなく形成する力が優位にたっている事を意味します。形成する力が優位にたっている時にはいろいろな疾病が自然と改善されたりします。気の循環の有り形により疾病が改善したり悪化したりする身体変化は生命の営みと氣の流れが等しい関係にあるからなのです。 身体内のこうした現象は自らの身体を内観することにより自覚されるものなのです。

 過去の歴史の中には色々な理論や法則が述べられて来ていますが、これらに対しても人類は今一度、氣を受信することを通して審判を下して行かなければならないと言えます。新しい時代は永劫を通して必要であるか無いかを識別することを要求しています。物が優先した時代から心が優先する世界の到来であり、人類がさらに成長するためのステップなのです。ごまかしのきかない世界の到来です。こうした識別し判断を下すことが一人一人の小宇宙内で行われて なければなりません。同時に全てのものごとに対して審判が下されて行きます。そして過去に体系づけられた理論や考え方等が新しい宇宙の一なる力に適合した理論であるか無いかが判断され、新たに再構築されてい かなければなりません。このように外界や身体内の波動を受信することは新しい時代ではとても重要視されて行きます。それは人間に与えられた21世紀を生きて行く物差しでもあります。つまり人間は外界や身体内の変動を受信する能力をもって、自然の法則に合致しているかどうかを正しく識別し、自然の法則に合致した科学や文化を創造し、人類や自然界のための番人にならなければならない宿命を担っているからなのです。その判断基準は自己の中に内在している均衡を取りたがっている一なる力です。誰もが宇宙や自然界に対する責任を負っているのです。なぜなら人間は知恵で、何が正しいかを判断し自己の環境を確保し生きてゆく生命体に他ならないからなのです。地球に生息する生命体の歴史も成長の過程にありますが、21世紀に入って大きく変わろうとしています。

 

 

 

■単純な物質も氣を受信している■

 電波(氣)を受信するのは人間より人間以外の動物の方がはるかに優れていることは誰でも知っていると思います。ですが生命活動を行っていない単純な物質が氣を受信していることをご存じでしょうか。恐らく知らない方が多いはずです。私達の生活空間にある全ての物質が回りの空間の波動を受信し記憶しているのです。身近では衣服や腕時計や指輪 や首飾り等がそれにあたります。付けていた人の情報を受信し記憶しています。ですから病気で激しい肩凝りを持っていた人がしていた腕時計をはめてみたり、服を借りて着てみたりすると、病気になっていた方のしんどかった健康状態の情報が伝わってきたりします。こうした現象は衣服や腕時計や指輪等が記憶していた情報を受信してしまったことを意味します。このように形在る物は写真のように周りの情報を記憶したりするのです。に単純な物質が情報を受信していることは余興で行われているスプーン曲げに見ることが出来ます。あのスプーン曲げの芸当は人間が送信した「曲がれ」という情報を単純な物質であるスプーンが受信し理解したことにより曲がっています。
 こうしたことが次第に解明されるにつれて人間が出す心の在り方の善し悪しに対して注意を払う必要が理解されて行きます。植物の生育実験で「愛情をかけて育てた苗はすくすくと育ち」「憎しみを持って育てた苗は生長せず、僅かに成長しても歪んで成長した」 等と報告がなされています。怒り、憎しみ、不安、嫉妬、差別感、おごり等は粗い波動となります。回りの環境への影響は破壊的です。ですから人間の統治者である精神が病んでいれば身体も次第にバランスを崩す原因となり得ることがおわかりでしょう。戦争等も 人間の欲念の粗い心がもたらす波動で集団ヒステリックの送受信現象の相乗効果となっています。こうした影響力を考えるとき、人間の心のあり方、出し方の送信が回りの環境や人にどれほど影響を与えているかに対して知恵をもって知る必要があると言えるのです。

 患者さんで身体に磁石、宝石類、健康になると言われる各種グッズを着けている人を頻繁に見受けます。治療で「楽になりました」と言う患者さんにこの様な確認を行います。首をゆっくり回して貰い、身に着けている時とそうで無い時とを比べて貰います。100パーセント身に着けていない方が楽だと答えます。これらは身体内に循環している気の流れに支障をきたしている現象なのです。指輪や時計も影響します。このようにマイナス波動を記憶している物を良化する方法があります。光にあてるのです。細かい波動は荒い波動を良化する力を持っているからです。光にあてても良化しない物があります。それ自体で磁場を持っている磁石類です。身体にマイナスに働きます。気の循環を阻害してしまうのです。身体内に活性酸素を生み出す原因となります。

 

 

 

■氣の送信■

 氣の受信において単純な物質を含め、全てのものは外界の波動を受信していると述べました。このことは宇宙時代に突き進んでいる人類にとって、とても重要なルールを示唆しています。それは、自己が発する感情、意志、思い等全てが送信波動として周りに影響しているということを知る必要があるのです。ですから自己の身体内に対しても、外界の環境に対してもこのような法則をわきまえたマナーが要求される時代となっていくようになります。このことは、人類が目暗で外界のものに振り回されていた時代を卒業し、受信する能力をもって、物事を判断分析し、正しい結論や方向性を見出し生きゆく成長の幕開けとなっていくのです。これが末法の法なのです。傲慢や我が儘、利己的な感情や破壊的思考等の波動は周りに大きな影響力を与えるマイナス因子となって動き出します。自己の影響力がどのように働いているかを考慮し、どのように氣を送信するべきかをも考慮しながら自己の意識波動を出さなければならないのです。知恵なくして知ることが出来ない新しい時代の法則と言えます。

 気の送信は外界の対象物を思っただけでもすでに始まっています。治療に於て各経絡を意識して感じ取ろうとする行為の中に送信と受信が混在しています。新経絡治療バランス鍼法では治療での受信に於て各経絡に気代謝誘導装置・天心システム・ポイントチェッカーの誘導棒をあてると、実証経絡ですと気が頭より足へと下降する現象がおきます。このような変化を考慮して各経絡に誘導棒をあてたとイメージします。すると、イメージでも誘導棒をあてている時と同じ感覚が伝わってきます。有効ポイントが確認されると、再確認したりしますが、患者さんによっては「腰の痛いのが消えてきた」とか「足が温かくなってきた」等と感じ取れる人がいます。受信において出来るだけ気を操作しないように心がけるのですが、思っただけで気が変化してしまう現実があります。こうした変化は受信を超えて操作が行われたことになります。いわゆる意識による外気功を行ってしまっている訳です。

 気の送信にて術者が変化させてしまったのでは患者さんの自立に繋がりません。術者は患者さんの体内における気のアンバランスを整え自己循環出来るように手助けをするものだと考えています。疾病が治癒する経過は患者さん自らの力で治る必要があるからなのです。術者は治す手助けをするだけです。人間の小宇宙の尊厳を大切にしたいと思います。ですから送信する外気功より自立を新経絡治療バランス鍼法では重んじています。

 

 

 

 

■個々人は宇宙の中心■

 人の成長を考えるとき、そこには法則があります。「天上天下唯我独尊」と言う法則です。人は自己の知り得た世界でしか生きていません。思いもしない世界にはけして入れないのです。そして本人が気付かなければけして成長のない世界でもありです。他人と比べて自惚れを感じようと、引け目を感じようと、それらはなんの意味もありません。在るのは自分の知っている、或いは気付いていない、在るがままの自分でしかないのです。そして自己の小宇宙の統治者であります。いかなる統治にするかはその本人が何を必要とし、どれだけの意識を持って生きているかというエネルギーの出し方によって決定されます。そして本人が望んでいるのに相応しい世界と縁するようになるのです。自己の事のみ考える波動を発信している人はそれに相応しい世界との縁があります。つまりテレビのチャンネルを合わせるのと同じくらいの確率で自己の発信している意識レベル(波動)の世界と同じ世界が開けて行きます。良くも悪しくも。そしてそこには大自然の力が常に働いています。限りなく成長し続ける偉大なる創造するエネルギー波動が働いている中での人生劇なのです。

 現在は世紀末で、かつ宇宙の中心の天位が移動し、その波動が地球にたどり着く時、地球上の粗い波動エネルギーに大きな変化をもたらすとも言われています。ですが人間の死はたいして問題ではありません。問題なのは死よりも、この生において何を学んだかということなのです。どんな境遇、環境にいたとしても、その人が成長するためには最高のレッスンの場となっています。最もだめなのは色々な経験を通して何の成長もなく、何も学ばなかったということなのです。仏教の輪廻を信じるなら自ずと引き出せる解答なのかも知れません。   

 

 

 

 

 

 

 

■自然界の中に全ての本質が■

  21世紀に必要とされる本質は20世紀迄に構築された各種理論や学説を元にした、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼのような弁証法の中には残念ながら生まれません。また段々と真実の本質に至る行程を仮に方便論法としますと、20世紀は方便論法の世界だったと言えるかも知れません。新しい時代はこうしたまどろっこしい方便論法の世界必要とせず、ひと味違って来ます。次第にテレパシーに近い波動を感じ取る方法でのコミュニケーションが重要視されるようになって行くでしょう。誤魔化せない対話の世界です。自分自身が肌身で感じ取った感覚を重要視する世界の到来です。

 中国の医書である黄帝内径等はこうした身体内の気の移動を受信し感じ取り理解した上で解かれている教科書と言えます。こうした本質を理解せず見失い字句のみを頼りとし伝えられた理論や学問の時代は終わろうとしています。そして気を受信し感じ取る世界は時期到来のかんがあります。現代科学の進歩により証明出来なくもない世界となってきているからです。

 こうした気を受信する仕方は人間が忘れてしまっている能力の一つとなっています。この気を受信する媒体はツボが関係しています。人間のツボは体内と体外を交流させる電気が通りやすいポイントであるとともに、身体内におけるエネルギーバランスを調整するポイントでもあります。また外界の情報を受信したり、体内の情報を送信したりする機能をも併せ持っています。

 

 

 

■21世紀は気の質が問われる時代■

(メールによる対話)

 

吉岡さん治療見学にて。(吉岡)
 ところで,気を感じたらしいのは,三人目の患者さんの時です。脳梗塞のおばあさんでしたが、しばらくすると,右肺の後ろのあたりがぎゅーと痛くなってきたので,どうしたのかなという感じでした。それで,少し離れた位置に立ってしばらくすると治まってきたのです。また近くに行って,立っていましたら,今度は右肺の前のあたりが痛くなってきたので,もうずっと離れて立っていることにしました。その患者さんが終わったとき,先生が「もう疲れたようですから,次に(吉岡さんに)しましょうか。」と言われたので,事情を言うと「それが,相手の気を身体が感じていたということです。」と言われました。そして,続けることにしました。

(近藤)
 吉岡さんは自由無碍に観察されておられなんのこだわりもないのですが、研究者には見逃せない要点になっています。ここでの会話のポイントを補足致しますと吉岡さんの胸が苦しくなったので患者さんより離れておられたのに対し{それが気を受信したのですよ、このように受信したら、自分の感じた状態を改善するように気の誘導を行い楽になるポイントを探していきます。この楽になるポイントが治療ポイントとなります。}と言ったと思います。気を受信する時は受信者の体調により感じ取り方に相違が見られることがありますが、気を誘導したりして行きますと全ての患者さんの状態が多かれ少なかれこのような感覚として受信されます。また、さあ見ましょうかと言って、患者さんの前に立つと患者さんにとって一番気の流れがアンバランスとなっている部位の違和感がおおむね伝わって来たりするのです。例えば主訴として肩が痛いと訴える患者さんに対して気を受信すると、子宮あたりが重たい感じとして伝わって来たりしたら、子宮部位の違和感が整う経絡を探します。すると最初の主訴であった肩こりは何もしなくとも改善しているものなのです。経絡は一定の支配領域を持っているので、同一経絡内の支配領域の一部が改善すると遠隔部でも変化が起こるのです。

(吉岡)
 最近思うのですが、イメージこそが、一番大切だと思っています。気を発することのできる友人・先輩の二人に聞くと、二人ともイメージだと言っています。NLPにおける方法論も、イメージを大切にしています。フーチで、良ければ時計まわり、悪ければ反時計まわりというのも、術者がそう思っているからではないでしようか。仏教においても「物体は、存在すると思うから、存在する」という考え方をしています。イメージというのは、「気」というものに深く関係していそうですし、それは(西洋科学ではまだ認知されていない)エネルギーの一種のような気がします。小生はイメージ力が低いためか、「気」を実際には認識できませんが。




(吉岡)
 小生も、論理的思考を発達させたために、感覚・直感力(などの受信能力)が退化してしまいました。小学生くらいまでは、予知能力も少しはあったと思うのですが・・大きくなるにつれ、だめになりました。気を感じるには,どうすれば良いのか。残念ながら小生は,西洋科学的論理思考に優れていたために,そういう能力を非常に退化させております。近藤先生がおっしゃるように,子供はそういう能力を退化させていないので簡単と思います。
大人においては,論理思考に慣れてきた人間ほど難しいような気がします。小生も,46年間その能力を伸ばし続けてきたために,そういうセンサ能力の退化が非常に大きいと思います。あまり高望みはできません。

(峰村)
 近藤先生がおっしゃるのは、子供には決まった角度で物事を見ない柔軟な見方(考えかた・発想)があると思います東洋医学も裏側や上下から見てみると、意外な答えが眠っているかもしれません私も早く気という物の存在を、はっきりと感じてみたいと思っています


(吉岡)
 今の科学でも、わかっていることですが、「大人になる」という意味は・この社会では、こうする。・この社会では、こうしてはいけない。・と学習することによって、可能性をどんどんせばめることに過ぎません。「大人になる」とは「賢くなること」ではなく、赤ん坊の時には可能性が無限大だったのに、どんどん可能性をせばめていって、(どんどんアホになり)ついには「社会にとって無害になる」ことです。「子供は柔軟である」というのは、そういうことだと思います。小生も、論理的思考を発達させたために、感覚・直感力(などの受信能力)が退化してしまいました。小学生くらいまでは、予知能力も少しはあったと思うのですが・・大きくなるにつれ、だめになりました。地震予知とか山火事予知を、野生の動物はできますが、できないのは人間だけだと思います。


(岡田)
 私は最近「気の受信能力」とは、「備わりながら無視してきた感覚」であると考え、自分の中の変化をひとつひとつ感じ取るようにしています。

(峰村)
 治療家の立場から、発言させていただきます。私自身も、まだまだ一人前の治療家とは言えませんが、なぜ気を重要視した診断と治療方法を取り入れているかと申しますと、以前は、腰が痛ければ腰に針をしたり、手技療法を加えたりしていましたが自分の勉強不足も多々あると思いますが、治療効果にばらつきがあり自信を持って、治療効果を説明できないいらだちを持っていましたし、患者さんから昨日は、腰が痛かったけど今日は膝が痛い等と毎日のように痛みを追い続ける治療がイヤになっていたとき、もっとシンプルに治療する方法があるはずだと思い続けていたら、今年の正月医道の日本で近藤先生の事を知り、今は日々、気の存在を確認しながら治療しております。
私は、うまく説明出来ないので例え話をしますが、治療を簡単に例えるなら、空腹を満たすのと同じような物だと思っています。簡単なマッサージで満足する方もいらっしゃるし、気の調整をしないと満足されない方もいらっしゃるでしょう。簡単なマッサージがインスタント食品のような物だとしたら一時の満足は得られても、添加物や化学調味料等で体に少しでも害をあたえていたら・・・
ときどきでも良くないと私は思います。化学調味料の味でごまかすのではなく、素材(食材)の味で勝負することが、プロ(治療家)のするべき事だと思います。
患者さんは治れば良いかもしれませんが、プロは手抜きをすべきでないと思います。少し生意気な事を書いてしまいましたが、どんな手段でも手技でもかまわないと思いますが、患者さんに害になる治療をしないよう心がけて行きたいと思っています
 
(吉岡)
 全く、そのとおりだと思います。昨年、札幌の渡辺さんと議論させて頂いたときに書いたのですが、「患者」と「臨床治療家」と「医学研究者」は、それぞれ立場が違うので考え方も当然変わってくると思います。小生も、峰村さんの立場であれば、全く同じ考え方をすると思います。


(飯酒盃)
 こんにちは。飯酒盃です。氣に関する吉岡先生、峰村先生、近藤先生の見解、頭をフル回転させて読ませて頂いております。正直、今の自分の中には、いまだもやもやとした感じが漂っています。厳しい臨床や事業の中で真剣に氣と向き合っている先生方と、まだどこか学生という身分に甘えているであろう私の決定的な差でしょうか、私には先生方のように筋書立った見解を述べることはできません。
ただ氣に関しては、自分なりに思うところがあり、それを以後、実際に使うことになったとして、峰村先生が仰るような「患者さんに害になるもの」だったのでは私もやりきれないので、先生方のご意見も伺いたく、投稿致します。
 私は、机上では中医基礎理論で氣というものの概念を学びました。ですが実際にそれらしいものを感じたのは、武術を通じてが初めてです。今の私にとって、氣は、”タンスの角と足の小指”です。不意にタンスの角にぶつけた足の小指は、とてつもなく痛い。集中して放った回し蹴りで打った小指は、それほど痛くない。西洋医学の理論では内分泌や神経伝達などの問題で片づくのかも知れません。ですが、武術を通じて私が一番端的に感じた氣は、そういうものでした。その”痛くない小指”を身体の局部に意図的に作り出し、さらに移動させようとする訓練が、こちらの地での、初めての氣の訓練でした。”殺気”は、その防御的な氣をうち消そうとする氣であり、”発勁”は、自分の氣を瞬時に相手の身体に打ち込むことによって、相手の身体の氣の均衡を破壊するものです。発勁は、体得するに至っておりません。私は今、自分の氣(なのか?)を自己診断のみに使っています。 ”痛くない小指”の感覚を十二経脈、督・任脈及び奇経八脈の流れに沿って移動させます。実証区にぶち当たると、熱くなったり痛くなったりします。虚証区にさしかかると、どんなに集中しても、その感覚はなぜか雲散霧消してしまいます。 ただの過度なイメージでしか無いのかも知れません。私にも何とも言えません。ただ、私にとっては、正確さで辨証に劣らない自己診断法であり、かなりあてにしています。
 近藤先生の言われる氣とは違う気がします。先生の氣には、理論でも納得できる確かさと、暖かさが有ると思います。私の日本での住処は北海道なので、機会を作るのが難しいのですが、是非一度、近藤先生の言われる氣を体感させて頂きたく思っています。

(近藤)
 ある時期より気の存在が武術に取り入れられるようになり、気の捉え方が純粋な存在として語られなくなった経緯があるようです。気功等もその一つです。そして意識により操作する側面が重宝がられてきた経緯があります。確かに人間の意志力の情報信号は外界の存在するものに影響を与えることが可能です。ユリゲラーが種を瞬時に発芽させたり、スプーンを曲げたりとありますが、これらはスプーンという物質が人間の意識信号を理解し曲がったり折れたりするのです。そしてそれらを操作する人間の創造するエネルギーパワーをも認め正しく自然の法則に合致するように利用することを人間は学ばなければなりません。エイ、ヤー、等と力んだりする事を人間は喜びますが、このような力は本当の力ではありません。電線の中を流れる電気がショートしたら電気だと解りますが、あたかもショートと人間の力みや、粋がり、誇張等とが似ています。本当のエネルギーは電線の中を自然に流れている姿の中にあります。自然な流れの中にこそ力強い瞬発力と持続力を有しているものなのです。こうした見解を認めるとき以下のような結論に達します。自然科学が在るがままの法則の観察より始まったように、医療に於いて気を受信し身体の状態を正しく診断し処置を施そうとする時は、できるだけ在るがままの状態を受信する必要があります。つまり全てを受け入れる気の受信体勢が要求されるのです。意識操作は絶対にだめです。正しい診断が出来なくなるからです。診断できたら必要な処置を施すことが出来ます。但し人間の組織細胞に比例した気の動きは、活発に変化している方が受信しやすい傾向が有りますので、我々はごく微弱な電気を利用して経絡の気に変化を与え、幾つかの変化の相を読みとり虚実を判断し治療方針を決定しています。
  飯酒盃先生がそちらで利用できる物としては、黒板等を光で指すポインター等が良いかも知れません。ごく微弱な低出力レーザーです。このレーザー光を各経絡の井穴に暫くあてますと実証領域の気は頭から足の方へと下降するように変化します。かなり診断に於いて重宝するかも知れません。整形外科等のペインクリニック等で低出力レーザーが使用され研究されているようですが、かなり出力が大きいのと照射対称が神経への照射ばかりで、著効と発表されていますが鎮痛機序がまったく出鱈目です。なぜなら低出力レーザーは経絡の実証領域の気が移動することにより鎮痛効果が発生しているからです。経絡の存在が解明されなければペインクリニックでの西洋医学は砂上の楼閣理論を述べ続けることでしょう。一度ポインターを使用して井穴照射で気を受信してみて下さい。気が動けば受信しやすいのです。またポインターで解放する経絡は実証領域となります。

(菅野)
 近藤先生のお話と菊田さんの研修レポートは、特に楽しく拝読しています、ありがとうございます。私は漢方薬局をやっていて、お客様に接するたびに証が変化することに気付き、そして疑問を感じ、いろいろあって、ついに自分の頭で考えていてはだめだということに気付き、現在はお客様の体と対話できるようにいろいろな手段を駆使してなんとかやっています。その手段は、お客様に好きな香りを選んでもらう、波動計測、フーチなどです。しかし、もちろんそれらを行うにあたって、専門知識がベースにないと、安全に行うことができませんので、左脳的な勉強も大切にしています。フーチや気を出すとき、私が最も大切にしていることは、「無我」です。自分を感じないこと・・・・。自分に集中しないこと・・・。自分の肉体を感じないこと・・・。そうなった瞬間に気が出てきます。数秒でできるものだと思います。


(近藤)
 東洋医学する上では非常に重要なポイントの話が進んでいますが、専門家としてはいい加減にしたくないテーマとなっています。古典の鍼術においては気の動きが理解できないと治療が出来ないとまで言わしめているキーポイントなのですが、現在の本場中国でも日本でも意外と外視されているようです。峰村先生が痛みに振り回され、不安定な一喜一憂する治療から解放され確信の持てる臨床に取り組みたいと考えられたのは、治療を真剣に捉えている臨床家の本音と考えられます。そして気を受信することを通して治療処置を行う行為は各種症候等を参考に治療方針を決定するより、変化してやまない患者さんの症状にとって最高の診断となります。正しい診断が無ければ正しい処置はあり得ません。何となく痛みが取れたでは鍼灸界も「おらが天下の田舎の鍼灸師」で終わってしまいます。新しい時代は今一度自然の法則の中に21世紀に必要とされる本質を気づかせようとしています。いな現代科学のお陰で気の世界も再現性のある理論として理解できる範疇に到達したということかも知れません。誤魔化しのきかない世界が顕現しようとしているのです。気の世界の解明もその一つの現れなのです。21世紀は形が重要なのでは無く、形の中にある質が問われようとしているのですから、そして21世紀の審判者は気を受信する一人一人であり、自然界の真実を見つめる人によって修正されていくはずです。気の受信には誤魔化しがきかないのですから。「気のせいかな」とはぐらかさない、本当の意味での気の仕業と心に留め置きたいものです。
 東洋医学の医療において古典では鍼術の要は気を整えることにある。と述べています。つまり気が解らなければ基本的に治療が出来ないことになります。ただ経験の理論を参考にして治療を行っているのが現在の鍼灸界なのでしょう。経験の理論はとても重要な側面ですが、それだけでは偶然に支えられた臨床しか行えません。変化して止まない患者さんにおける在るがままの病態は今そこにしかありません。その現在進行形としての気の流れを理解することと、経験のデーターと照らし合わせ、ああこの様な気の循環になっているのか、そうしたらこのような病気になりやすくなっている、この様に調整しておこう。と気を受信した経絡診断に裏付けされた治療が同時に可能となっていくのです。

(吉川)
 近藤先生のおっしゃられます「本質」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。上記の文面では、質的で、気を受信することで気付くことのできる「本質」ということですが。ぜひ先生のお考えをお聞かせ願いたく存じます。

(近藤)
 非常に多くの本質が解明されていくと考えています。幾つか上げてみたいと思います。一つには人間の生命の在り方に付いて理解が深まる点です。基本的に気の受信の判定基準は自己の中に内在している調和したがっている一なる力です。この力は宇宙の意識でもあります。
 人間の意志力は自己の小宇宙に対しても外界の存在するあらゆるものに対しても多大な影響を与えています。このことは全ての形ある存在が外界の波動を受信し記憶する能力があることにより、人間の出す創造する意識波動エネルギーの質により迷惑したり、恩恵を受けたりする世界が存在すると言うことです。人間は創造する意識を持ってこの自然界に能動的に生きて行かなければならない生命体です。人間の発する意識は{憎しみを植物に注いだら成長が止まったり歪みが生じたりし、逆に愛情を送り続けるとすくすくと育つことが確認されています}目に見えない所で影響し続けています。これらは共振共鳴現象となり広く社会に影響を及ぼすこととなります。妻が言っていましたが、{ある所に行って欄を見ていたら苦しそうにしているので、この欄はどうしたのですかと案内者の方に訪ねると、ある偉い能力者の方が”この欄に良い波動を送ります”と言って数日前エネルギーを入れられたのです。}との説明。情けないかな、植物の方が自然界の法則に素直で新しい波動を素直に受信しているものを。人間の奢りの恥ずかしさ。こうした中には縁起の法則が働いています。人間は自己の心の方向性を理解出来ないにもかかわらず無責任な想念を発信していることが多々あります。20世紀迄にしたいものです。新しい時代は自己が良ければ何をやっても良い等という無茶が許されなくなります。何故なら人間の心は自然界を歪めることが出来る程の影響力を持っていることが次第に認知されて行くからです。人間に与えられた知恵で発見していかなければならない本質なのです。こうした目に見えない世界に存在している法則を理解していくのが気の受信で、受信することによって正否が審判されていきます。心にも色々な作用の法則があることを人間が理解できるようになり初めて末法の法に守られた宇宙時代の始まりなのかも知れません。
 そして人は誰でも宇宙の意識を拠り所として外界の波動に対して判定出来るようになります。もし判定する対象と接して自己の身体の気の循環が滞り、しんどくなるようだと自然の法則に反しているのではと仮定して考えなければなりません。身体に調和するような気の循環があり安楽であれば一応自己にマイナスを与えるものでなく成長を助けてくれるものと仮定してみる必要があります。この判定対象は思い浮かべるだけで全ての内容に対して可能です。(薬を持つだけでも飲んだと同じ身体の変化が感じ取れたりします)このような判定により全ての未知の世界を解明するヒントが生まれて行くはずです。21世紀以降には発明、発見は当たり前のこととなるかも知れません。なぜなら過去の天才も潜在意識との対話のヒラメキの中に新しいものを生みだしたのですから。
 自己の潜在意識を内観し出すと、仏教やヨガの世界で体得出来る潜在意識と交流が可能となってきます。輪廻の世界が現実的な存在として理解されるようになっていきます。永劫を通して人間が成長し続けている生命体であることが、色んな現象の中に一貫している理論を発見するとき理解されていくこととなります。段々現代に認知されない話となりそうなのでこのくらいにします。